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| 三田 久郎 1943年10月30日生まれ |
小川 誠司 1966年8月6日生まれ |
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| 障害名:小児麻痺による左下肢機能損傷 障害程度等級:2種4級 |
障害名:左上肢機能全廃 障害程度等級:2種2級 |
| 生後8ヶ月の時に発症。その時代は厚生省がワクチンの輸入を 認めなかった時代だ。 当初は両足全部だったが、どこでどうだったのか、何がよかった のか腰と右側が治り、左足だけに障害が残った。 その頃の小学生と言えば、半ズボン・・・。左足に補装具をつけて いた為小さい頃は、補装具のまま運動、遊びなどをするので、 友達に怪我をさせて済まない事をしたと仰る。 それでも小学生の頃から草野球は大好きで、補装具をつけながら 興じていたそうだ。 東京ロッキーズには創世記から所属。 代表の石崎氏や国分氏らとともに、障害者野球をともに考え、 創り上げ現在は監督というお立場であり、メンバーを引っ張って 行かれている。 「監督というのは名ばかりで・・・」と申し訳なさそうに仰るが ロッキーズに対する情熱は、ご自身が感じた「野球(ロッキーズ) に出会って、とにかく楽しい」という事、 それらに支えられた日々の生活の充実、可能性。 これからの目指すものは、一人一人の障害に合わせた野球。 障害度合いによってはかなりの個人差がある打撃、守備などの 細かいフォローを充実させる事。 そしてご自身の今年の目標は「ダイビングキャッチ!!」 さすが!!まだまだ若いっ! 目標達成!がんばってくださいね! |
18歳の時オートバイで電柱に激突するという事故により左頚椎の 神経がスポッと抜けたような状態になり、3日間意識不明。 目が覚めたら左うでが全く機能しなくなっていた。 どうして俺が・・・なんで俺だけが・・・という気持ちはしばらく続く。 どちらかというと左利きだった為、箸が使えず苦労したという。 でも悔やんでも仕方が無い。過去は過去と割り切れるまでには、 プー太郎も経験し、奥様に支えられた事が最大のパワーだったと 当時を振り返る。 現在は12歳と9歳の男の子のお父さん。 事故に遭うまではバスケットをやっていた。ロッキーズではピッ チャーだ。普通に右手にグローブをつけ、ボールを投げる時には、 グローブを左わきの下にすばやく挟む。 グローブをつけるのが厄介な為、素手でキャッチしようとし、藤本 ヘッドコーチによく叱られている。 ロッキーズ入団は96’年。ピッチャーの経験は全くない。 特に練習をしたわけでもない。運動神経のよさは抜群で、右手だけ でバットを持ち、ホームランまで打ってしまう。 入団してからは毎日の生活に張りが出て、仕事も楽しくなり、 目標を持つ事で毎日有意義に過ごせるようになったとか ロッキーズのほかにバドミントンにもはまりだして1年3ヶ月。 体を動かす事がとにかく大好き。最近では6kgも痩せたとか。 生き生きと話してくださる目はとても魅力的です。 |
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三田監督は割といつも渋め。
小川さんは見るからにスポーツマン。
色んなキャラクターが勢ぞろいのロッキーズ。
毎回取材が楽しみなのです。
文責:jojitown @ひろみ
…presented by joji town…
since 2000.9.13