松林 利幸
1971年4月2日生まれ 
平原 寛之
1968年6月15日生まれ
障害名:疾患による体幹脳障害
障害程度等級:1種3級
障害名:脳性麻痺による右上下肢軽度機能障害及び言語機能障害
障害程度等級:2種4級
8歳の頃に右半身、10歳の頃に左半身の麻痺に襲われる。
子供だった為か、障害という意識はなく、単純に病気のひと
つという風にしか考えていなかったそうだ。

やはり学校での授業は苦労なさったそうだ。特にテストの時
などは、思うように字がかけないことへのストレスから「白紙
で提出したこともあった」と仰る。

以前からスポーツをやりたいと思っていたところ、国文選手
に紹介してもらい1996年にロッキーズへ入団した。今年9
年目となる。

27歳で結婚。現在1児の父でもある。
ご長男誕生の報告は、勤務先でだった。「早く帰りなさい。」
という周囲の声をよそに、夜遅くまでお見舞いに行けなかっ
たそうだ。
「きっと、生まれた子を見るのに緊張していたんだ
と思います。それから、自宅近所のラーメン屋のおやじに、
出産の報告をして色々語っていました。」と当時を振り返る。

そして松林さんにとってのロッキーズとは?野球とは?の問
いかけに・・・・
「僕にとって、ロッキーズは独身の頃は、「生きがい」でした。
今はそれが家族に変わりましたが、それでも生活の一部とし
てなくてはならないものだと思います!」

たまに、お子さんをロッキーズに連れていらっしゃるときがある。
優しいパパの顔を見せる松林選手の表情から、幸せの香りが
漂う。そしてメンバーの顔もほころんでいる。共有しあえる絆が
あることの幸福感。
ロッキーズは本当にいろんなコトに気づかせてくれる。

小中は普通学級へ通っていた。「嫌な思い出もたくさんだけど、
楽しかったですねぇ〜。」と、いつもニコニコ笑顔の平原さん。

いじめっ子もいたそうだけど、かばってくれる人もたくさんいらした
そうだ。それはご自身も「明るかったからね〜。」と分析なさる。
一番の思い出は、中学時代のこと。校内一と言われる不良との
ケンカ。「そんなモン!負けますわね・・・」と、またも満面の笑み。

その後その不良クンとは大の仲良しとなり、今でも呑みに行く程
友好関係が続いていると言う。

高卒後、大手企業に就職し、平成9年にロッキーズに入団。
きっかけは障害者野球関東大会の新聞記事だった。以前より
ダイエットを兼ねた運動がしたいと願っていた。野球経験は学校の
授業で経験したレベルだった。

自分にとってロッキーズとは、いろんな経験をさせてくれて、いろん
な人と出会わせてくれる場所。それぞれ障害の軽重があるけれど、
メンバーを見ていると「オレって甘えてるな〜と思うんだよね。この
ままずっと野球を続けられることが今の自分の夢ですね。」と優しい
表情で人なつっこく笑った。

<募集中!>
年齢も年齢なので〜いい出会いがあればウレシイな〜と・・・。
芸能人で申しますと「安倍なつみ」さんですか。好きですね〜

「あ!でも、わがままは言いませんッ!
恋人募集中です。
よろしくお願いいたしま〜す!」


松林さんはシャイ。反対に平原さんは茶目っ気たっぷり。
それぞれの持ち味が自然に融合するロッキーズ。
みんな本当に楽しそうに野球をするネ!いつも楽しさを分けてくれて、ありがとう♪

文責:jojitown @ひろみ


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