鈴木 正義 すずき まさよし

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   昭和20年8月16日生まれ O型 しし座

   カメラのSS代表

   SS写真クラブ代表

   吉祥寺平和通り商店会協同組合 副理事長

   フォト&トレッキングアドバイザー

   山麓山歩写真家

   日本自然科学写真協会会員

   無名山塾シニア会員

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本業:カメラのSS代表

    創業昭和27年9月、吉祥寺では老舗中の老舗の2代目。

    私が覚えている限りでも約40年、吉祥寺北口駅前にあるカメラ屋さん。

    
日本で唯一のコンタックスプロフェッショナルショップであり、レンタルで各種機材を格安で貸して

    くれるという業界初!の太っ腹企画を思いついた人でもある。別名「異端児」とも呼ばれていた

    そうだ。現在お店には250万円のレンズがあり、3万円でレンタルしているというから、未だに

    太っ腹な鈴木社長だ。

    カメラのSSは昭和25年、先代のお父様が写真師と呼ばれる出張撮影を主になさっていたが

    荻窪に店も構えたのが始まり。しかし翌年店は焼失。その翌年昭和27年、現在の吉祥寺北口

    駅前に移転。なんと今年で吉祥寺店開業53年となる。

    先代は「商人に学問は不要。」と4年制大学に進学することを許さず、鈴木社長は短期の写真

    大学へ進学。2年生のとき開催された東京オリンピックではカメラマンとしてレンズを覗いていた。

    しかし「カメラマンなどというものは水商売。」と、これまた先代が眉をひそめた。

    そして写真を撮ることを本業にせず、写真材料の問屋の営業部へ就職。輸入品課に配属され、

    社会人としての第一歩を踏み出した。

    昭和44年、会社を辞めて店に戻るという先代の条件付きで、初恋の人とめでたく結婚。

    今も仲むつまじく店頭で肩を並べてお仕事をなさっている。

    翌年、幸せ絶頂期に突然不幸が襲った。先代が52歳の若さで他界。若干25歳の若さで2代目

    として店や従業員を背負うことになってしまった。のしかかる重圧は率直に従業員へ相談し、

    永年先代と共に店を支えてきてくださった方々へできうる限りの誠心誠意を尽くし、3人に削減

    した。そして知人の紹介でニコンの商品が入手困難な時代に山王ホテルで大々的にニコンフェ

    アーを開催。外国人相手にとてつもない大盛況で、毎晩かばんにはお札がびっしり入ったという。

    1$360円の時代だ。そして毎晩のように赤坂で大豪遊を経験したそうだ。

    そんな時代を過ごした後、1ヶ月間のアメリカ研修旅行に参加する。思考が変わり、商売に対する

    姿勢も大きく変化した。


がんばる業1:SS写真クラブ代表

         「カメラのSS」写真教室も開講なさっている。現在は16期生となる老若男女と、フィルム

         写真の良さを啓蒙してくださっている。外部講師を招いたり、モチーフを決めて撮影に出か

         けたり、写真展を開催したりとさまざまな活動を企画・運営なさっている。フィルム写真は

         リバーサルフィルムで同じ景色を必ず3枚撮るように指導なさっている。ノーマル、アンダー、

         オーバーという3種類だそうだ。通常1回の撮影会で36枚撮りを3本も撮るという。デジカメ

         のようにはいかない「今」をフィルム写真に納めるという緊張感が、社長のお言葉からひし

         ひしと伝わった。

         今年からは四季折々の武蔵野市全域を2年かけて撮影し、仲間と一緒に感じた武蔵野の

         面影を写真展という形で表現されている。「吉祥寺美術館で開催したいねー!」と意欲

         満々の鈴木社長。


がんばる業2:吉祥寺平和通り商店会協同組合 副理事長

         アットホームな商店会を目指す平和通り。鈴木社長と同じく二代目が現役で最近の

         吉祥寺を盛り上げ、次世代の吉祥寺を担うの三代目が一緒に店頭に立つお店が

         何店もある。恒例の新年会は、役員は全員着物、奥さまや三代目、お孫さんなども

         出席するという。吉祥寺で、昔ながらの個人商店の良さを継承していらっしゃる素敵

         な鈴木社長。最近できた「ハモニカ横丁ガイドマップ」の表紙は鈴木社長が撮影なさっ

         たもの。11月11日の駅前イルミネーション点灯式にもカメラマンとして吉祥寺駅前を

         奔走されていた。

         


趣味:山登り、スキー、読書、神輿担ぎ。神輿は「バカ」がつくほどで、三社、深川、箱根湯本の芸者神輿など、

    素人さんでは決して仕切ることができない神輿を吉祥寺仲間と置屋さんごと買っちゃったことがあるという

    ハチャメチャぶり。その他、呑む!買う!する!(?)はしたけど、「打つ!はしなかったなぁ〜。」

    奥さま曰く「貴方の人生を本にしたら軽く2冊にはなるわね。」と言われるほど、昔は相当なやんちゃを

    なさったらしい。

    それでも社長の初恋の奥さまは「この人がいなかったら私はいない。この人も私がいなかったら・・・・」と

    仰るそうだ。オトコ冥利に尽きるお言葉だと思います。うらやましいぃ〜〜〜〜!

    山は5年前から再度登り始めた。10年前、跡継ぎだった一番社長似の三男が22歳の若さで他界。

    「山に登ると息子に会える気がするんだ・・・。」そう言いながら少しはにかみ、遠い目をなさった。



夢:商売やってると冒険ができないよね〜。結局みんな中途半端ダヨ・・・・。今はとにかく初代

   から教わったことを三代目に繋げることかなぁ。あとは天国で死んだ息子と神輿を担ぎ、

   親父と三人で大酒をくらいたい。

お言葉:フィルム写真は人生と同じで、やり直しがきかない。だからこそ奥が深くて面白いんだ。

   

編集後記

むさしのFMレポーター時代にインタビューさせていただいた鈴木社長。

幼い頃から吉祥寺に行けば当たり前にお見かけし、勝手に知り合い気分だった私。

四十年近く経った今、やっと鈴木社長が何者だったのかを知ることができた。

私は今までたくさんの方々やたくさんの景色をデジカメに納めてはインターネットという武器を使って表現してきた。

同じカメラでも全く違う世界に生きている社長を取材させていただけたことは、今後の私の取材活動に

大きな意味を与えてくださった。

何気ない日常の景色も、『写』という意識でカメラを構えると違ったものが見える。

いろんな世界を見てみたい!欲張りな私に更に火をつけてくれた鈴木社長に感謝♪


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文責:jojitown hiromi 取材日:2005.11.26