●プロフィール

 目黒 實 めぐろ みのる
 
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   昭和11年11月1日生まれ 蠍座 B型

   (有)ふじや呉服店 代表取締役

   武蔵野商工会議所 副会頭

   吉祥寺活性化協議会 顧問

   吉祥寺公園通り商店会 顧問

   むさしの囃子保存後援会 会長

   東京武蔵野中央ロータリークラブ 幹事

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本業:
創業昭和10年10月1日。来年70周年を迎える吉祥寺の呉服店で唯一残った老舗「ふじや呉

    服店」の二代目
代表取締役。

    「呉服という狭い世界の中で、呉服一筋でやってこれたことは、本当に良かったですよ。」山あり

    谷ありの今までを振り返りながら、穏やかに語る目黒社長。創業当時は日本人が着るものとい

    えば着物が当たり前。

    吉祥寺にはたくさんの呉服店が軒を並べていた。ふじや呉服店前の現UFJ銀行のところにも呉

    服店があったそうだ。サンロードやダイヤ街となっている場所にも、もちろん呉服店はたくさんあ

    った。70年という時の流れの中で、敗戦を経験した日本は右肩上がりの経済を実現し、ライフ

    スタイルを大きく変えた。

    女性が社会進出できる次代へと変化し、日本の衣食住も大きく変化した。

    「着物」が日常から消えてゆき、こぞって欧米をなぞることが時代を先取りしたセンスのよい生き

    方だと、もてはやされた。多くの呉服店の店主は、呉服業界以外の商売を兼業し目先の儲かる

    仕事になびき、日本の伝統文化でもある経営が難しくなった「呉服店」に見切りをつけていった。

    そんな時代の流れの中、先代の苦悩を幼い頃から身近で見ていた大学生の二代目目黒社長

    は「女性相手に長時間も接客しなければならない家業と、東京という場所が嫌でたまらなかっ

    た。」と当時を振り返る。

    そして、東京を離れて一人暮らしが可能な企業へ就職活動を始める。山岳部へ所属していたこ

    とから「大手企業に入社すれば山岳部もある筈だ!学生時代に制覇できなかった男性的な

    山々が多い南アルプス連峰のある静岡に行こう!」夢が叶い自動車の部品メーカーの営業と

    して、東京本社ではなく静岡勤務を希望する「めずらしい奴」は、念願の一人暮らしを手に入れ

    ることとなった。

    サラリーマンとして所帯を持ち、28歳のとき7年間の静岡勤務から東京本社へ異動となり吉祥

    寺へ戻ってきた。店の2階に住むこととなり、夏・冬の長期休暇は店の繁忙期と重なり、家業を

    手伝わざるを得ない状況となっていった。そして先代に説得され、奥様には「騙された。」と
    
    言われながら、吉祥寺「ふじや呉服店」の二代目としての道を歩み始めることとなっていった。

    平成14年頃より和への回帰ブームが起こり、若い女性を中心に「着物」が見直されはじめた。

    ゆかたを皮切りに年々和服の良さが新しい価値観として定着しはじめている。そんな波を逸早く

    察知した目黒社長は、和装の良さを若い年代へ伝える役目もこなしている。

    「ふじや呉服店」で浴衣をお買い上げいただいたお客様へは、無料で着付けをして差し上げる。

    ただ売るだけではなく、日本人ならではの心意気や仕草、粋な世界観を日常に回帰させ、和の

    原点を絶やすことなく次世代に伝承することに奔走されている。

    

がんばる業1:武蔵野商工会議所 副会頭

         2003年9月就任。地域の商業の発展と活性化のため、中小企業が煌くことができるよ

         うな楽しい街づくりを目指す商工会議所の副会頭として、吉祥寺だけでなく武蔵野市全

         域で活動されている。ただ楽しいだけでは終わらせない魅力ある街づくり、ハードとソフ

         トの両面を備えた街づくりへの意欲を枯らすことなく若い世代の方々と一緒に手を繋ぎ

         提案し、実現している。

がんばる業2:吉祥寺活性化協議会 顧問
がんばる業3:吉祥寺公園通り商店会 顧問
がんばる業4:むさしの囃子保存後援会 会長
がんばる業5:東京武蔵野中央ロータリークラブ 幹事

         1999年秋から開催された“吉祥寺アニメワンダーランド”発案者の一人でもある。

         街と吉祥寺ゆかりの作家、アニメスタジオなどと、市民レベルでの開催を継続している

         のは全国でも例がない。国内外を問わず、今でも目黒社長のところに取材や視察に訪

         れる人が後を絶たない。

         吉祥寺北口駅前や公園通りのイルミネーション設置にもさまざまなアイディアを出し、

         具現化してこられた。「来ていただいて、飲んで、食べて、楽しかった〜だけで終わらせ

         ちゃいけない。」「伝統にあぐらをかくと停滞、低迷してしまう。」と魅力ある街、吉祥寺と

         して次は何を提供できるのか?文化、芸術、自然・・・吉祥寺だからこそ発信できる魅力

         ある素材を大切にし、実現に向けてさまざまな団体でご尽力くださっている。

趣味:登山と旅行。都会に住んでいると忘れてしまう四季感を取り戻しに向かう。春は山菜採り、夏は
  
    森の中でハンモックで昼寝をし、滝つぼで真っ裸になって泳ぐ。秋は真っ赤な夕日に照らされた

    紅葉を絵画にウィスキーを飲む。冬は雪崩にあったことがあるので行かないと苦笑なさった。


夢:「五大大陸の最高峰と言われる有名な山に一つでもいいから登ってみたいね〜。

   バウスシアターの本田さんと一緒にキリマンジェロ行こう!と話してるんだよ。実現させたいね。」


お言葉:常にアクティブで刺激を求め、発想力豊かな感情を持っていたいね。

      そして、いつまでも自然人間でいたい。



編集後記

一度は吉祥寺を疎ましく感じ、外から客観的に眺めてこられた眼力は、

ご自身が仰るとおり「伝統」にあぐらをかくことなく、常に「吉祥寺としてどうなのか?」との側面から分析なさる。

その思考は代々の吉祥寺人に受け継がれ、根付いている。

着物の極意を知り尽くし、現代に沿うような商いの手法をアレンジし、挑戦し続ける目黒社長。

和服を粋に着こなし、吉祥寺界隈を歩く社長は成熟した大人の色気を漂わせている。

若者の街と思われがちな吉祥寺にも、こんな粋な大人がまだまだたくさんいらっしゃる。かっこイイね〜。


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文責:jojitown hiromi 取材日:2004.10.4