●プロフィール

 鎌田 智子 かまた ともこ

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   昭和5年11月12日生まれ 蠍座 AB型

   傘職人(ハマヲ洋傘店オーナー)

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左の女性が鎌田さん。
お隣は満州の女学校時代からの大の仲良しの昭代さん。
苦しい時代を共に駆け抜け、お互いに切磋琢磨し合える
素敵な関係を保ち続けていらっしゃる。




がんばる業:
傘職人(ハマヲ洋傘店オーナー)

        井の頭公園に近い、現『吉祥寺教会』のある場所で生まれ育ち、幼い頃は井の頭公園の木と木の

        間にハンモックを吊って遊んだという。その後、三鷹駅近くの現『平沼園』のある場所に家を新築。

        しかし、中央線の線路拡張の為約100坪の敷地の庭が削られてしまうという環境に、家族揃って

        満州へ引っ越す事に。鎌田さんが小学校低学年の時だった。

        そして終戦後の昭和21年、鎌田さんが15歳の時に日本へ戻り、下町両国の『柳田晄四郎』師の

        元で傘職人としての長い歴史が幕を開ける。

        住み込みと通いの職人見習いがあり、鎌田さんは通いの見習いとして、自宅で傘を作って収めに

        行く。現在のようにマニュアルがある訳でもなく、ましてや手取り足取り師匠が教えてくれる訳でも

        ない。ただ黙って師匠の手元を凝視し、技を自分のものにしていく。傘を作る工程で、糸で縫う、引っ

        張るなどの作業が多く、糸には蝋が塗ってある為、強度が強く、良く指を切ったりしたという。

        しかし、師匠が素晴しい方だったので「これは私の天職」と、辞めようと思った事はないという。

        傘職人の道に入り7年後の昭和28年、鎌田さんが22歳の時に自分で作ったものを売ってみたくな

        り、独立し、三鷹に『ハマヲ洋傘店』を構える事になった。

鎌田さんと一緒に傘職人の道を歩んできた
傘の生地を縫い合わせる専用のミシン。

奥に立てかけてある木枠で生地を裁断しバイヤス状の三角形の
生地を縫い合わせていく。
熟練した技が必要な、最も重要な工程でもある。



骨を取り付ける前の生地を縫い合わせた状態。

1本の傘を完成させるまでの時間は

計ったことがないので全くわからないそうだ。

生地の裁断

縫製

数本分を同時進行で作業する。
今、流行の16枚はぎの傘。
8枚の生地を縫い合わせて組み立てる傘が一般的だが、
これは倍の枚数の16枚。
手間がかかる分、とてもシルエットが綺麗だ。
“キクザ”と呼ばれるもの。 傘を留める紐の部分。
手縫いの工程も数多く、
鎌田さんの手となり足となって
細かい部品を作ってくれる方は
16年も家族ぐるみで
お付き合いしているという。
このミシンでは傘の部品などを縫う。


        商売は順調に進み、30歳で結婚。結婚の条件は「傘の仕事を辞めなさい。」と言わない人、それだけ

        だったという。お二人のお嬢さんにも恵まれ、最近では、やっとご主人と旅行に行けるようになったそ

        うで、フランスへも『300年の傘の歴史』を観に行かれたそうだ。

        「気が付いたらここまで来てしまったという感じ。夫の協力があっての事。感謝しています。」

★全国から届く修理品の山 ★修理品の御礼のお手紙は鎌田さんの宝物
★最近は自分で染めた生地や刺繍を施した
生地でのマイパラソル(日傘)の注文が多い。
★こんな会もあるんですね。
初めて知りました。


        傘職人とは、新品の傘を作る他、傘の全面修理が可能な人でなくてはならない。

        「ついうっかり忘れてしまうから、数百円で買える傘で充分。」という風潮の中でも、傘に拘りを持った

        方や、思い出の傘を使っている方、傘を愛してやまない方々も多い。

        お嫁に行く時にもたせてくれたという思い出の日傘の張替えや、しっかりした骨組の一部の損傷、

        持ち手の交換など、実に様々な修理品が鎌田さんの所に送られてくる。大型店に持って行っても

        最近では修理を勧めずに、新しく購入する事を勧められるそうで、鎌田さんの所には全国から修理の

        依頼が舞い込む。傘の骨には品番があって、その番号でどこのメーカーの物なのかが判明し、それ

        にあった部品を交換したり、取り寄せたりできる。「これは直らないかも・・・という修理品の事は、寝

        ても覚めても、その修理のことばかり考えてしまって。なんとか出来ないだろうかってね。で、あ〜し

        て、こうして・・・って。直せた時には、ほんとうに嬉しいの。」

        ある時芯棒の部分が腐ってしまった傘の修理品が届いた。あちこちで断られ、最後の頼みの綱と

        なったのが鎌田さんの所だった。「手持ちの芯棒がピッタリ合った時、最高に嬉しかった。

        そこまで行くとお金じゃなくなっちゃうの。本当に嬉しいの。」と素敵な笑顔で語ってくださる。

        そして、見事に蘇った傘の持ち主の方からはたくさんの御礼の電話やお便りが届く。

        丁寧に書かれたその御礼の文面には、傘だけでなく、人や物を大事になさる依頼主の方のお心と

        鎌田さんの心意気が傘を通して一つに結ばれた証が記されていた。


趣味:旅行、音楽、お友達とおしゃべり。

夢:死ぬまでに経験したい事があるの・・・と、はにかみながら鎌田さん。爪ネイルとまつげパーマ!

   あと、六本木ヒルズにも行きたいの。3階だか4階にオリジナルの傘を作ってくれるというお店が

  
あるそうなの。3万円もするんですって!どんな傘なのか見に行ってみたいわね。

お言葉:
何をやってもこれでいい!って事はない。次へ次へと追求してゆかなくてはならないんです。

      あそこの傘を持ちたい・・・と思ってもらえるような良い傘を作る事。会心の作ってなかなか出来ないですけ

      どね。後悔のない人生を過ごしたいですね。

余った傘の生地で丁寧に作られたミニボストンバックは千円!
傘の生地なので、防水性バツグン!!
初めて取材に伺った帰り際、鎌田さんが私に
この赤いバックをくださった。
私の大事な商売道具、デジカメ専用のバッグにしました。
その他にも傘の生地とお揃いの素敵なデザインのバッグも作ってくれます。

編集後記

はじめてかも知れません。記事にするまでに3回も鎌田さんに会いに行きました。つい・・・会いたくなっちゃうんです。

傘を作る工程を見ていると面白いし、くたびれた傘が蘇って新たに生命を吹き込まれた姿が見たくって・・・。

鎌田さんの所には、ひっきりなしにお客様が訪ねて来ます。

もちろん傘を購入しに来る方、修理品を持って来る方が多いのですが、

その他にも「元気?」とか「おいしいお菓子を見つけたから持ってきたわ〜」とか、いつ伺ってもニギヤカ!

お喋りする暇なんか無いほどの修理品と注文傘に囲まれているのに、にこやかにお喋りに興じている。

今では天職を楽しんでる様にも見え、傘を愛してやまない鎌田さんと一緒に居ると、やる気と元気が伝染してしまいます。

訪れるお友達も、皆さん同じような魅力を感じているようで、鎌田さんの仕事ぶりをじっと見ては

「凄いわね〜。今度はどんな修理をしているの?あら、そう。あなた偉いわね・・・。」

鎌田さんの仕事は生命を吹き込む仕事。生命の誕生の瞬間や驚きがいつもある。だからみんなつい・・・行きたくなっちゃうんですね。


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文責:jojitown hiromi 取材日:2003.8.11